大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成4年(ネ)2345号 判決

控訴人

岩根俊彦

右訴訟代理人弁護士

得津正

被控訴人

富田林市

右代表者市長

内田次郎

右訴訟代理人弁護士

重宗次郎

外六名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  申立

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、五五〇万円及びこれに対する平成元年三月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  被控訴人

主文同旨

第二  当事者の主張

次のとおり付加するほか、原判決「第二 主張」のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決三枚目表七行目「わた」の次に「つて」を、同裏四行目の「本件要綱には」の次に「「」を、四枚目表二行目の「応じて」の次に「同月二〇日、右協定書に調印するとともに、」を、それぞれ加える。

二  同五枚目表五行目と六行目との間に次のとおり加える。

「また控訴人は、本件要綱には法的拘束力があると誤信し、これに基づき本件負担金を納付したのであるが、そのような拘束力がないことを知っていれば、控訴人は本件負担金を納付することはなかったのであるから、右納付は法律行為の要素に錯誤があり、無効である。」

第三  証拠

原審及び当審記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  当裁判所の判断

当裁判所も、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は、理由がなくこれを棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決七枚目表三行目の「証拠」の前に「右事実並びに」を、「によれば」の前に「及び弁論の全趣旨」を、それぞれ加える。

二  同五行目の「原告は」の前に次のとおり加える。

「被控訴人は、大阪市に近接するいわゆる衛星都市であるが、人口の増大にともない、宅地造成や住宅などの建築が急増したことから、旧来の住民との利害調整や、公共施設の整備のための多大の経費の支出を余儀なくされるに至った。そこで被控訴人は、他の自治体の例に倣い、開発者(被控訴人市域内において都市計画法四条一二項の開発行為または建築基準法二条一項一号の建築をする者、以下同様。)において、土地の開発などにつき被控訴人と協議し、秩序ある開発や建築のために法定外の規制も受忍することや、公共施設用地やその取得費の寄付に応ずることなどを要求する行政指導の基準として本件要綱を制定し、昭和四八年一二月から施行した。

その後の改定により、昭和六二年一月に施行された本件要綱は、富田林市内において中高層の建築物や賃貸用の住宅などを建築したり、五〇〇平方メートル以上の土地を開発するなどの事業に適用され、開発者は土地の所有を明らかにしたうえ、公共公益施設等の整備などについて被控訴人と事前協議をすること、開発者は開発や建築について周辺住民の意見を尊重すること、公共公益施設等の整備を開発者自身が行い、又は被控訴人が行う公共公益施設等の整備のための費用を開発者が負担するものとすること、自然保護(植栽用地として敷地面積の一〇パーセントを確保することなど)、公害防止、防災、日照、交通などの対策を講ずることなどがその内容とされ、事前協議が合意に達したときには開発者は被控訴人と協定書を交換すること、本件要綱又は右協定に従わない開発者に対しては、被控訴人は行政上必要な協力を行わないことなども明記されている。

そこで、同市内で住宅などを建築しようとする開発者は、建築確認申請を行うまでに、まず被控訴人において様式を定めた本件要綱に基づく事前協議のための「協議申請書」に必要事項を記入し、これを被控訴人の市長宛に提出し、都市整備部の担当者に関係部署との連絡を図ってもらい、協定書の案文の提示を受け、これに納得すれば右案文に示された本件負担金を被控訴人に納付したうえ、協定書に署名捺印し、さらに右担当者から協定書に被控訴人の公印の押捺を得て、協定を成立させるという手順を踏む必要がある。

ところで、本件負担金は、基金として積み立てられ、公益及び公共施設の整備資金に充てられるが、その納付は本来寄付(贈与)の性格を有するものであるにもかかわらず、本件要綱の別表により、公益施設整備負担金と公共施設整備負担金との種別が設けられ、その額は一律に定められ、住宅類については公益施設整備負担金は一戸につき二五万円であり、公共施設整備負担金は開発により公園を設置しない場合は同二五万円であるが、公園を設置する場合は半額とし、また住宅類以外の開発は建物の床面積などに応じて定められた単価により積算されることになっている。本件マンションは住宅用で一一戸を擁するから、本件要綱によれば、控訴人が被控訴人と右協定を成立させるためには、控訴人は合計五五〇万円の本件負担金を被控訴人に納付することとなる。

本件要綱に基づく協定が成立しなければ、右のとおり、被控訴人は開発者に行政上必要な協力を行わないことが定められているから、たとえば右事前協議の手続を経ず、あるいは本件負担金を納付しないで、建物の建築について大阪府建築主事に対し建築確認申請を行おうとしても、右申請は被控訴人を経由される仕組みとなっているため、被控訴人において、右経由に際し知事に送付すべき調査報告書を作成しないなどの措置をとることが考えられないではない。しかし、本件要綱は、市内や周辺の建築業者や設計業者には周知されており、開発者も概ね本件要綱の実施に協力的であって、被控訴人においては、本件要綱による事前協議やこれに基づく本件負担金の納付を拒否されたり、いったん納付した本件負担金の返還を求められた例はこれまでにないため、本件負担金の納付がないことを理由に、被控訴人が開発者に行政上の協力をしなかった事例はない。」

三  同七枚目表七行目の「(以下、高比良という)」を削り、同裏八行目の「本件要綱は」から一〇行目の「遅れる」までを「本件要綱に基づく本件負担金を納付しなければ、被控訴人は協定書に調印をせず、また協定書がなければ被控訴人に建築確認申請を経由してもらえないか、その手続が遅滞するかも知れず、工事も遅れるかも知れない」と改める。

四  同八枚目表八行目の「有無」の次に「及び水道管工事相当分の減額の可否」を、一〇行目の「また、」の次に「水道管工事相当分を控除する形式での本件負担金の減額には応じられない、」を、同裏一〇行目の「原告に対し、」の次に「その前に本件負担金についての説明をしようとしたが、控訴人がその必要のない旨を述べたので、そのまま本件負担金の納付を受け、」を、それぞれ加える。

五  同九枚目表一〇行目の「前項の」から同裏一行目までを次のとおり改める。

「ところで、本件要綱が制定された経緯などを考えると、行政指導の基準としての本件要綱に基づき、一定の開発者に対し、一定の公共の目的のために、寄付金を募ることは、強制にわたるなど開発者の任意性を損うことがない限り、違法と断ずることはできない。たしかに本件要綱は、法令の根拠に基づくものではなく、被控訴人において開発者に対する行政指導を行うための内部基準でありながら、行政上の非協力という不利益を背景に、開発者にさまざまな義務を課すようなものとなっており、また、これを遵守させるために一定の手続が設けられていて、本件負担金についてもその金額は選択の余地がないほど具体的に定められているのは、前記認定のとおりである。しかし、それだけでは、本件要綱に基づき本件負担金の納付を求めることが全て強制にわたるものであると評価することは妥当ではなく、本件にあっては、被控訴人の担当者は、控訴人に対し、本件負担金の納付について、その使途目的や法的拘束力のないことを説明したうえでその協力を求め、控訴人の納得がなければさらに説得に及ぼうとし、その納付がなかった場合の不利益については何の説明もしなかったのであり、一方で、控訴人は、篠木から、本件負担金を納付しないと被控訴人に建築確認申請の経由手続をとってもらえず、又は建築確認手続が遅滞すると聞かされていたものの、実際に本件要綱に定める不利益として右のような措置を採られた例を知っていたわけではなく、右担当者には本件負担金の減額を打診した程度で、積極的にその納付を拒否する態度に出たことはなく、最後には不満も述べずに本件負担金を納付したというのであるから、控訴人は、右担当者や篠木らのそれまでの説明に一応は納得して、任意に本件負担金の納付に応じたというべきであり、本件要綱に基づき本件負担金の納付を求めた被控訴人の担当者の行為は、任意の寄付を求めるという行政指導の限度を超えるとはいえないというべきである。」

六  同一〇枚目表二行目末尾に「また、右認定の事実によれば、控訴人は、本件負担金の納付については、法的な拘束力に基づくものであると誤信していたとはいえず、またその旨を控訴人が被控訴人の担当者に表示した事実も認められないから、控訴人の錯誤に関する主張もまた理由がない。」を加える。

第五  よって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 黒田直行 裁判官 古川正孝 裁判官 菊池徹)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例